10年前に、長崎の池上さんと建てた家を1月に相原さんに撮影してもらいました。久しぶりに訪ねた家の外観は、塗装をしなおした黒い木部と漆喰の対比が古民家のような趣になっていました。
敷地は、長崎ではどこにでも見られる間知石積みの擁壁の上で、南側には照葉樹の山が迫っています。擁壁への負担を考慮して、擁壁に近い部分に平屋、擁壁から離して2階という平面形は自然に決まりました。池上さんから、風の強さが尋常でないと脅かされていた台風に対しては、小屋組みの接合部の補強、垂木の留め方の強化をして備えました。一方、これも尋常でないというシロアリに対しては、大きな開口部を持つ新しい形の基礎を構造家の山辺さんと考案して、昔の家のように風通しの良い床下のつくりにしました。長崎という地域の気候風土の特性に対する対策を万全に講じたうえで、渡り腮構法の基本に従うという方針で造られた住宅です。
その家の10年経過した姿が、掲載している写真です。内部は、二人のお子さんの成長過程で多少傷ついたり汚れたりしていますが、それらは時間の経過の記憶として溶け込んでいて、少しも違和感がありません。杉の柱や梁は風格を増し、床板や壁の杉板は程よいアメ色に変化していて、建設当初と比べると落ち着いた雰囲気の空間に変化しています。それらを経年変化として素直に受け入れると、特別に手直しするような箇所は見当たりません。相原さんもカメラを構えながら、「いい雰囲気だね」と同じ感想でした。以前に雑誌の取材で、28年前に設計した住宅を撮影したことがありましたが、ほとんど手直しをせずに28年間を過ごしてきたその家の雰囲気は、「歴史」という言葉で表現できそうでした。
私も含めて、杢人の会が建てたいと望んでいる住宅の基本は、建築後の日常的な維持管理で30年、50年と時間を積み重ねることができる住宅です。どのような方法でそのような住宅を造るのか、それが私たちの大きな課題ですが、この長崎の家は、その答えを教えてくれています。それは、「劣化」ではなく「経年変化」する材料を選択して、時間に耐えられる技術で造るということです。劣化とは、時間の経過がマイナスになってしまう変化です。最近の新しい材料は、すべて劣化に対してどうするのかが第一義の課題になっています。それに対して、経年変化とは時間の経過がプラスになる変化のことです。杉と土で造られた長崎の家の10年の経過が心地よく感じられるのは、材料と技術の組み合わせが、ゆっくりとプラスに経年変化している結果だからです。
このような家のつくり方は、現在の家づくりに反して時間とコストがかかります。しかし、住宅を造ることは未来への生活設計の一環であり、その未来へのコスト配分を最初に考えるという視点に立てば、初期コストと維持コストの合計とその間の生活の質とを天秤にかける必要があります。経年変化にたいする維持費用は、劣化に対する維持費用より各段に小さいことを考えれば、私たちの目指す家づくりの技術とコストが長いスパンの生活設計には欠かせないという確信を、長崎であらためて得ることができました。
丹呉明恭建築設計事務所:丹呉明恭
コメントを書き込む